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南禅寺参道
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 三門から法堂へ続く参道。
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南禅寺三門(天下竜門)
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 三門は空門、無相門、無願門の意味で仏教修行の三解脱をあらわす。南禅寺の三門は日本三大門の一つで、別名「天下竜門」ともいい、上層の楼を五鳳楼と呼ぶ。永仁3年(1295)西園寺実兼の寄進によって創立され、ついで応安年間新三門に改築されたが文安4年(1447)の火災で焼失した。現在の三門は、藤堂高虎が寛永5年(1628)に再建したものである。禅宗様式独特の圧倒的な量感と列柱群が力強さを示している。高さ6メートル余りあり、大きさでは東洋一である。
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水路閣
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 境内を横切る赤レンガのアーチは明治時代に琵琶湖疏水を引いた水路閣で、古代ローマの水道橋を参考に建築された。疏水の工事は1881年に始まり、1890年に竣工した。橋上を琵琶湖疏水の支流が流れる。
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なんぜんじ(ずいりゅうさんたいへいこうこくなんぜんぜんじ)
南禅寺(瑞龍山太平興国南禅禅寺)
京都市左京区南禅寺福地町
075-771-0365
南禅寺は、京都市左京区南禅寺にある臨済宗南禅寺派大本山の寺院である。正式には、瑞龍山太平興国南禅禅寺と号する。
正応4年(1291)、亀山上皇(法皇)が離宮・禅林寺殿を寺に改め、無関普門(大明国師)を開山として、「禅林禅寺」と名付けたことに始まる。
その年12月の無関普門の死去に伴い、翌年、二世住持として規庵祖円禅師(南院国師)が迎えられ、およそ15年の歳月を費やし南禅寺伽藍の建立整備を行った。その後、寺名も「太平興国南禅禅寺」と改められた。
足利義満の時代には、五山制度の中で五山を超える「五山之上」という禅宗寺院最高の寺格を受け、五山文化の中心として栄えた。室町時代には火災で主要伽藍を焼失し、応仁の乱以降は衰退するが、江戸初期に以心崇伝が金地院を移入して再興をはたし、多くの文化財を今に伝えている。

方丈(国宝)
方丈は大方丈と小方丈からなり、天正度の内裏清涼殿を移築したといわれる大方丈は、桃山前期の狩野派の襖絵があり、小堀遠州作の方丈庭園は石組みの配置から虎の子渡しの庭と呼ばれている。また、小方丈は伏見城の遺構といわれていて、狩野探幽作という襖絵が有名である。
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