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清水の舞台(国宝:江戸時代初期)
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 錦雲渓の急崖に総桧板張りの「舞台」を懸造りにして張り出す。両袖の翼廊は楽舎であり、清水の舞台は正真正銘の舞台である。
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本堂外陣(国宝:江戸時代初期)
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 堂内は巨大な丸柱の列によって外陣(礼堂)と内陣・内々陣に三分される。三基の厨子(国宝)内には本尊千手観音と脇侍には地蔵菩薩・毘沙門天を祀る。
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音羽の滝
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 清水寺の開創を起縁し、寺名を由来する。 開祖行叡居士・開山延鎮上人の滝行を伝統して水垢離の行場となり、今日、参詣者が行列をつくって柄杓に清水を汲み、六根清浄、諸願成就を祈る。
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きよみずでら(おとわさんきよみずでら)
清水寺(音羽山清水寺)
京都市東山区清水1丁目294
075-551-1234
Official site
京都市東山区清水にあり、山号を音羽山と称する。宗派は、開創以来、奈良興福寺の法相宗に属していたが、1965年に独立して北法相宗となる。
清水寺は、奈良時代末期、宝亀9年(778)開創とされる。延鎮上人が霊告をうけて音羽山麓の滝のほとりにたどり着き、行叡居士に出逢い授けられた霊木で観音像を彫造し、草庵に祀ったのが始まりという。
宝亀11年(780)坂上田村麻呂が、滝の清水と延鎮上人の教えに導かれて深く観音に帰依し、仏殿を寄進して、ご本尊に十一面千手観音を安置した。
延暦17年(798)田村麻呂と延鎮上人は力を合わせ、ご本尊の両脇侍として地蔵菩薩と毘沙門天を造像し、本堂を広く改築、寺観を整えた。
清水寺は長らく興福寺の支配下にあり、平安末期、興福寺と延暦寺の争いにまきこまれ、焼き討ちにもあう。本堂をはじめとする伽藍は、その後もたびたび火災にあっており、現代の建物の多くは、寛永8〜10年(1631〜1633)に、徳川家光の寄進によって再建されたものである。
四季折々の美しさを背景に、国宝の本堂と重要文化財の十五堂塔が広大な境内に建ち並び、1994年ユネスコの世界遺産にも登録された。
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